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2016年9月16日金曜日

夢レコ:引退か?

昨日書きかけにした記事の続きに書こうとしたが
夢レコとも違うけれど、新しい記事としてコチラに書いておく。
朝方5時半、結構な雨音とシュールな夢で起きた。シュールな夢の後半は、スタジオで何人かの人をと片付け・整理・飾り付け?をしていると、(夢のこの部分、5月の写真展と目処も立たない=多分キャンセルされたスタジオでのヴァイオリン演奏会を暗示しているか?)何の告知連絡もしてないのに人がぞろぞろ集まってくる。どうやら僕の引退祝のような感じ、人々は概ね年をとった人々で、20~30年前に顔を覚えているかなぁ?という人が何人もいらっしゃる。懐かしいヘアメイクさんTの顔も見えた。葬列のように人が続くので、場所を移すことに、近くにコレがあって良かったねと話していたが、スタジオの近くにある場所ではなく、そこは大きな結婚式場のような中にある、40~50畳ぐらいの小さめの部屋。しかも皆さん、2つの部屋に分かれて集まっている。しょうがないので、マイクを使って2つの部屋に挨拶が流れるように「引退」の挨拶を僕がしていると、人々は三々五々帰っていったのか?気づくとほとんど居なくなっている、その歩く様・話を余りしない様子はゾンビの隊列のよう。そして後輩で現在東京で活躍中のT君も、帰らなきゃっと去っていった。家人曰く、5月の連休中の平日なので仕事が忙しいのだろうとのこと。機材を片付け、二部屋使った費用を精算したりしていると、ロビーでは披露宴のショーか?安っぽいナイロンの色とりどりのドレスを着飾った、C級モデル風の女性たちと、お給仕さんたちが既に何かを始めている。
家人と倒れこむように車に乗り込み帰途につくが、向かっている先は日進の旧自宅方面。しかも家人が運転しており、MiToを妙に飛ばしている登り坂のカーブを勢い良く曲がっていると、カツンとぶつけたような音。運転席側前フェンダーをこすった感じ、「いっそソチラ側をぶつけられると全部まとめて保険で直せるね」っと僕。
夢のこの部分は、MiTo乗り換え問題と、先日見つけた運転席側ドアの傷、そして先日なにげに訪れた日進市の旧自宅近辺で感じた懐かしさが影響しているようだ。
夢から醒めると、この数日続いていた睡眠不足がすっきりとれ、ジグソーパズルのが一気にハマったようなすっきり感だった。

2015年10月7日水曜日

秘密のコミュニティの夢。

偶然、昨日から明日まで3日間続けて「愛知県」の仕事、すべて別案件、別部署。
さて、今朝方見た夢は秘密のコミュニティの夢。・・・長文注意!、一番印象的だった風景はアクリルのようなドームに覆われた小さなグランドほどはある空間。そのアクリルドームの特に地平線に近い部分には、立体感のある手法で山などの風景が描かれていて、透明部分から透かして見える本当の空と合わせてバーチャルリアリティのような効果を見せている、多分ドームのどこかは開いていて空気感や風に閉塞感はない、このイメージは豊島美術館からのインスピレーションか?でも豊島美術館よりひと回り広く、数倍高い天井高の透明ドームだった。その広さ感は、犬のようで、顔が潰れた奇妙な動物を散歩させていたインドのサリーのような衣装を着た美しい女性=犬を散歩させるほどの広さがあるということだ。一番印象深かったのはそのドームの富士山のような、モンブランのようでもある透明感と立体感のある山の「絵」だったんだが、そのドームを含む閉ざされた山奥のアーティスティックな工房群の集落?コミュニティを案内してもらったのが夢。実はその工房群の一部のものすごく暗いフォトジェニックな陶器の半製品のようなものが棚に所狭しと積まれている倉庫は、かつてF君というカメラマンに少しだけ見せてもらったことがあった(コレも夢の中)、だから夢の中でのデジャブ。未舗装路をカーテンで窓を隠されたオンボロバスでそのコミュニティに連れて行かれた、周りの風景は昨夜テレビで見たインドのみ舗装路か?アフガニスタンの山岳部か?はたまた北朝鮮の岩山のイメージ?主にそのコミュニティでは、陶器に似た工芸品を作っている。非常に秘密主義で、ガイドさんに付いて行って自由な散策は許されていない。そのコミュニティの主宰者が自慢のインドの敷物のようなものを見せてくれて説明してくれたのだが、その説明ではMさんという僕の旧知のコピーライターさんと、5回ほどインドへ出向いて見つけたものだという。Mさんがこのコミュニティ主宰者と親しいのなら、後でこのコミュニティについて訊いてみようと思ったのだが、Mさんと言われていた人が、先日若くして亡くなったM氏の奥さんを意味するのか?M氏を指すのか不明。M氏がこのコミュニティ主宰者と親しいとは考えられないので、多分亡くなった奥さんなんだろうと思った(夢の中)、そしてそのガイドツァーの最後のほうで一緒に参加した家人が、携帯電話で僕がガイドツァーから少し離れて自由に行動していたことを注意されている場面、どうやら家人はこのコミュニティ関係者を知っていて、好奇心旺盛な僕が許されない場所を撮影しないように言われていたらしい。そう、途中僕は1人ガイドツァーから離れ、柔かい大理石のような岩山に素手で岩登りのように登ったりしていた。前にF君というカメラマンに少し倉庫を見せてもらった時にも感じたが、すごくフォトジェニックな秘密の廃墟風の風景だった。

2014年10月20日月曜日

夢レコと夜景演習

朝4時半に夢で目が覚め、夢を忘れないようにと
5時まで布団の中にいて、起きだした。
すぐに起き出すには少し肌寒い季節になってきた。
夢は、スタジオが雨漏りする夢。
元々かなり雨漏りしたスタジオだが、2~3年前のリフォームで直した。
それが、また同じように雨漏りした。
リフォームをした会社のエライさんに電話をしたんだが、
彼の名前が正しいかどうか、夢の中でとても不安だった。
そして雨漏りから機材などを避難するのをお願いしたのが
もう30年も前に努めていたスタジオの同僚。
伏線は、昨日写真展のハシゴに付き合ってもらったのが
30年前に勤めていたスタジオの同僚、、、でも夢に出てきたのは彼ではなかった。
次の夢は、やはりそのスタジオ勤務と関係があると思われる大手スーパーの仕事。
翌日、そのスーパーチェーンのどこかの店で(半田と聞いたような記憶)
イベントを商品部のバイヤーさん(某H社のMという営業さんと同一人物か?)と
一緒に行って撮るという仕事をお仰せつかる。
ヨーグルト売り場らしいが、普通ヨーグルトといえば牛乳から作られた乳製品。
ところが、今僕の関心事は豆乳から作るヨーグルト。
自分の作った豆乳ヨーグルトを売るわけじゃないんだから、別にいいんだけど
すごい違和感を感じながら、翌日の仕事に出かける心の準備をする僕。
その仕事が決まる前に、やはり仕事がらみで
仔犬をもらわなければならないハメに陥っていたが
朝早くから、半田?のスーパーに行かなければならないし
家人も留守の予定だったので、それを理由に
犬をもらう件、断った。
その犬、可愛いといえば可愛いのだが、
濡れているので体全体をタオルで包もうとしても、タオルになかなか納まってくれない
ヤンチャというよりは、控えめで、何かに怯えているようなお馬鹿な犬だった。
、、、と夢レコしながらまだ半分夢の中な気分。
昨日写真展ハシゴの途中、ランチに寄ったベトナム料理店で
昔良く飲んでいたハス茶を大量に買った。
今年初めのスタバ・プリペードカード1万円もらった事件以来続いていたコーヒー依存症に
終止符が打てるといいなっと思ってる。
以下写真は、一昨日の夜と今朝早朝の夜景スナップ演習から。








2014年9月11日木曜日

夢レコ:Nさんや古い空中回廊

夢レコが続く
昨夜から今朝にかけては、
昨日、東南アジア飄泊の旅から帰国したNさんが出てきた夢と他もう2本。
昔、現像所の営業をしていたM君(この人は実在)
(ココからは空想)実は資産家の御曹司で、Nさんを紹介すると
(僕には、そういう読みがあって紹介したんだが)
突然嫁にしたいという話になる、田舎のお父さんという人まで現れる。
Nさん自分の嫁入り衣装だったか、誰かに頼まれたんだったか?
いろんな素材をかき集めてきて、奇妙な飾り物を作り始めた。
象牙色の分厚いプラスティックの大きなベルトのようなものに
アルファベットやシャネルマークみたいなはやり象牙色の
プラスティックで出来た立体のオブジェを差し込んだり、はめ込んだりの
巨大な人形(名古屋で言えばナナちゃん人形)のベルトに出来そうなものを
空中に釣り上げて作っている、その横にはやはり巨大な花嫁がかぶるベールのようなレース。
しかし彼女、こちらの作業は放置しているようだった。
M君絡みとは離れて、Nさんと共通の知人J氏の依頼だったか?仕事だったか?で
僕も含めて、NさんとJ氏所有のビルの中で無線の中継実験のようなことをしている。
見通しの出来ないビルの同じフロア内で通信ができるかどうか?
ちょうどL字型の角に当たる部分に、紅茶を入れた小瓶を置いて
どうやら、それが中継器にするような作業。
Nさんの夢はここまで。

僕が名駅前と伏見の交差点を足したような風景の場所にある
中層ビルの道路をまたぐ空中回廊を歩いていて、
面白いアングルの風景を見つけた。
もっと良い構図・アングルで写真を撮ろうと、
空中回廊の屋根に登って場所を移動する。
(当然、危険で許される行動範囲ではない=道路の上・空中)
1970年台に建築されたような、コンクリート打ち放しの
キノコのような、クッキーのような端が薄くなっている屋根で
丸いそれが重なりながら連なっているところを渡って行くんだが
既にもろくなっていて、僕の体重で端がポロリと欠けたりする、
コンクリート片が地上に落下し当然危険。
僕もそれに気づいて、自分がやってることの危険性に足がすくみ
スイスイと移動していたのが怖くなり、固まってしまう。
その連なった屋根の一部には、建築当時のものか?
古い調理用の鍋が積み重ねて放置されている。
僕が、動けなくなって固まっていると
このビル群を管理している管理会社XX地所みたいな大手の会社の人が僕を見つけてやってきた。
当然叱られるだろうと思って覚悟していると、叱る様子ではなく助けてくれる。
そして、屋根の一部がかけて崩落した件、屋根の上に鍋などが放置されていた件など
黙っているようにと言って、僕は開放された。

もう一本の夢は、ほとんど尻切れトンボで目が覚めたんだが
中部地方では大手の某スーパーの仕事をしているという
若いカメラマンとその奥さんが二人で
ストロボセットが入っていると思しき布のスタンドバッグを持ってやってきた。
面識はないが、僕に何の用だろうと思って迎え入れた。
その二人を待たせて、別の用件を始めた辺りで、眼が覚めてしまった。

2014年9月9日火曜日

今朝の夢、今朝の体重

今朝の起きがけに見た夢、
ほんの最後の部分しか覚えてないんだけど
スタジオの玄関ドアの前に白人の中年男性モデルが立っていて
背景にはいろんな布地を組み合わせて
ポールキャット+クロスバーに被せて積み上げ
作ってある背景の前で撮影をしている。
その背景は、僕の助手が考えて作ったもので
この撮影そのものも、助手が担当している。
監督さんが、画面上の構図がシンメトリーになるけれど
後の撮影のことも考えているのか?っと助手に迫っている。
僕はそう思わなかったけれど
助手のセッティングとかモデルの立ち位置とかが気に入らなかったので
モデルを少し前に立ち直させ、ドアへの映り込みを含めて
シンメトリーを崩しながら、でもよく見ると
僕の構図のほうがシンメトリー???
しかし監督はそれに気づかず
結局ボクがカメラをのぞき撮影することにした、
スチル撮影なんだけど、僕の助手は僕の背後で脚立に乗って
もう一台のカメラ?モニター?を覗きこんでいる。
この白人中年男性モデル、カッコイイというよりは
白ブタのようなプヨプヨのデブで
ま、普通のおっさん役という感じ。
たぶん普段は、別の仕事をしているような感じで
ヘラヘラしてプロ意識にかけている。
前に行ったり後ろに行ったり、背景で使っている紗の後ろに行ってみたり
僕は、普通モデルを叱らないタイプなんだが
相当腹がたったのと、モデルが完全に大人なので
大声で「お前何考えてんだ、プロだろ?」みたいな叱り方を大声でする。
のどが痛いほど、
その辺りで夢は終わったような気がする。
今朝の体重測定、最近の平均値を上回り59,6Kg
その代わり体脂肪率は13.4%?だったかな?
糖質制限3ヶ月を経て最近の朝夜測定を平均すると、
数値は59kg体脂肪率15%程度で落ち着き始めている。

2014年9月7日日曜日

夢レコ:9月7日

昨夜も起きがけにかけて、覚えてるだけで3本の夢。
野崎さんによると老化すると夢を見ないらしいので悪くない兆候。
今日は朝早めのお出かけなので、簡単にメモ程度しておくと、
1本目は、いろんな機材を背負ったり肩にかけたりしながら
自転車で今池付近から水主町あたりを目指して
行かなければならないんだが、そこかしこで背負った荷物を落としたり
落とした機材袋を引きずったりで手こずっている。
途中に会った脇田くんという後輩の家に立ち寄ると
そう言うの僕得意ですからっと言って、長物を背負える機材袋を貸してくれる。
それに替えたら、多少は具合良くなったが
まだ交差点で信号待ちしていると、ずり落ちるんだ。
それを横目に、脇田くんはミニに乗って「じゃあね』と先に行く。
脇田くんが教えてくれた道順、ほんとに近道?っと聞くが
僕は「違うだろ?」と思いながら何度も荷物がずり落ち
たくさんの荷物を首のあらゆる方向にかけて自転車を漕いでいる。
まず長物を入れたズタ袋をリュックのように背負い
右肩にひとつ、左肩にひとつ幼稚園掛けをしたショルダーバッグ。
首の後から胸に垂らした軽めの荷物。
*******************************************************
註:この荷物配置、先日の病院スナップ取材で試した軽い機材の持ち方を試した件で
かえって失敗したことに由来していると思う。
*******************************************************
出発地が今池付近だったのか?脇田くんの家が今池付近だったのか定かじゃないが
今池付近の路地裏の、ラブホに見える多分元ラブホの商人宿が出発地点だった。

次の夢は
白っぽいマンションの一室を改造した他人のスタジオで
メインのライティングを好きに変えていいよっと言われ
大きなブームスタンドの先に置かれているアンブレラを変えている僕。
アシスタントの女の子が一生懸命サポートしてくれて
アンブレラを、僕が今よく使う210cmの大きな物に変えるんだけど
天井高が足りず、低い位置にしか配置できない。
その状態で、なんとかセッティングして
カメラ位置を取り直すと、正面ではなくスタジオの端から
斜めに狙うポジションになってしまった。
「マンション改造のスタジオじゃあ、このカサは使えないね」と僕。
3本め、最後の夢。
何やら車関係のクライアントと話していて
僕の大腸が腐り始めているので手術しなければならないという話になる。
小腸の一部を切って、大腸側に貼り付ければ
それが成長して自然に大腸になるから
大腸を切除する必要はないと言われ、簡単だからネッとも言われる。
大腸はどうなるんですか?と聞くと
糖質制限でタンパク質がエネルギーになるから
そのまま分解されてエネルギーになると言われ
それは好都合と期待していると
具合がいいので切り貼りする必要はないようだという話になり
車関連のおっさん二人は、日産マーチクラスの白い小さな車でどこかへ出かけてしまう。
大腸分体重が減るだろうという僕の期待は消えててしまった。
彼らのでかけて後の車庫には、高級車が並んでいるのに
なぜ彼らは小さな車で出かけたの?っと聞くと
クルマ会社の営業さんは、そんなものだと誰かに言われた。

2014年9月6日土曜日

夢レコ、再開じゃないけれど。

明け方、二〇歳代の時に勤めていたNスタジオのS社長の夢を見た。
最近、よく夢を見る。
奇想天外・奇妙奇天烈で、面白い夢だ。
一晩に覚えているだけで三本ぐらい。
何年か前なら「夢レコーディング=夢レコ」と言って
忘れない内早朝に、ブログに書いていたけれど
その習慣も忘れるぐらい、この1~2年夢を見なくなっていた。
この1年ほどを振り返れば、
人生のリズムの中では低迷・停滞期だったような気がする。
そこから抜けはじめていることを、なんとなく感じているこの2~3ヶ月。

2013年7月5日金曜日

コダクロームの夢、、、意味不明。

夢レコというほどでもないが「変な夢」
実在の某プロデューサーからの仕事で
「コダクロームを使うのならフィルムで撮影しても良い」という仕事のオファーがあった。
既にコダクロームは売られていないからか?
そのプロデューサーが「このフィルムを使ったら?」っと
色んな種類のフィルムをザクっと手渡されたが
ブローニーフィルムが多く、
既にブローニーカメラを全部処分した僕には使えない。
少し混ざっていた35mmフィルムもコダクロームではなく
見たことがない白いパッケージ(イルフォード?)のフィルムが多い。
某プロデューサーがそんなフィルムを持っているわけもなく
「変だな」っとおもっていると
こちらも実在の某カメラマンからもらったとのこと
その某カメラマンというのは天敵のようなカメラマンで
「なるほどナ」っと思った、、、というあまり気分の良くない夢。
その撮影だか、別の仕事だかわからないが
映像プロダクションのSちゃんと
ハイエースで現場に先乗りするために
何故か車を洗ったり、機材を水洗いしたりしている図
中国政府系の偉い様も
撮影スタッフと一緒に食事会をしている図などなど


2013年4月26日金曜日

悩んでるというほどではないが・・・

うなされるほどでもないが、変な夢で朝目覚める。
1930年代の海外のホテル、
クールジャパン風の着物などで扮装した外人のグループがいた。
写真を撮らせてっと英語で言うと、並んでくれた。
まずはスマイル、そしてシリアスフェイス、最期にファニーフェイスで
3枚シャッターを切った。
表情の順番を夢のなかの時間進行とは別に僕は悩んでいる。
そしてどのカメラで撮ろうかとも迷っている。
手に持った小さなカメラはなにか憶えてないが、とてもサクサク撮れた。
コトのところ続いている年配の「普通の人々」ポートレイトで
いい表情を引き出そうと「頑張っている」ことが影響してるのか?
SIGMAのDP3Merrillがすぐにバッファフルになることや
シャッターリリース後のブラックアウトが長いことや
バッファフルになった後、それに気づかずシャッターを切り続けると
データが壊れることが多いのに嫌気が差していることが
夢に出てきたサクサク撮れる小さなカメラ投影されているのか?
その小型カメラ、僕が持っているオリンパスのEPL5ではなかったけれど
DPシリーズの非サクサク度に嫌気が差して買ったカメラだった。

悩んでいるというほどではないけれど
素人さんを撮るのは難しいね、いい写真と本人が気に入る表情は違うし。
僕はファニーな写真も撮りたいんだけどね。
大きなプリントでその解像感をお見せしようと思ったカメラは使いにくいし。
朗報は、ピント合わせでトラブル続発だったEOSは
危惧したとおりフォーカススクリーンの位置に狂いがあり調整してもらった。
そして、やはりビビっていたピクトラン局紙の15mロールから
A2相当の単票紙を切り出す作業はカーリングを治すことも含めて
意外と簡単に1時間程度で昨日完了。
今日は、和装で踊りを踊ってくれるというオバサマと
もうひとり、オバサマの撮影予定。
それなりに気合が必要だと覚悟している。
「覚王山倶楽部」の女性会長が立ち会われるそうなので
ランチはアンジュでオムライスかな?
ま、そんな朝っぱらの覚悟を書き込む4月26日朝の僕。

2013年4月21日日曜日

「覚王山に倶楽部の人々」撮影進行中

久しぶりに、変だけど楽しい夢で目が覚めた=朝5時。
雑誌の仕事でパリだと思われるが屋外のファッションショーを観ている。
撮影が仕事ではなく、なんとなくついてきているだけだ。
撮影が仕事ではないが、プレス証を持っているので
写真撮り放題、豪華なホテルでプレス用のランチにもありつける、
ドレスコードで首に巻いていたカラフルなマフラーのようなものは
仕舞うように指示されたがそれ以外はフリー。
混雑する会場で、ライターのババくんと会うことが出来た、
僕は左右の首からフィルムカメラCONTAX_G2を2台下げ
家から持ってきた数少ないフィルムを何本かウェストポーチに入れ
スナップを撮っていた、イイ写真が撮れたと思ったが
フィルムの巻き上げが異常に固く、巻き上げを諦めて
フィルムを巻き戻し、新しいフィルムを入れようとするが
新しいフィルムがなく、そこでおしまい・・・という夢。
朝五時は予定より30分早いけど
いい写真が撮れたという気持ちいい夢だったので
起き出すことにした。

さて現実はというと、
昨日は1949年生まれの男性を撮影。
話をしていると、中学の先輩に当たる。
子供時代の家の話になると、振甫町二丁目!
番地を聞くと7番違い、何があそこにあったよねぇみたいな話になり
僕の家のお向かいの尾崎さんの弟と同級生で仲が良かったという。
僕もその弟=僕から言うと年上のお兄さんなんだが
その子にはよく遊んでもらった。
彼も、僕の家のコトおばーちゃんの事などは覚えていると話し
もしかしたら、遊んだことあるかもねっという話になった。
彼が帰った後、古いアルバムを見ると
お向かいの尾崎さんの弟や僕が写っている写真があり
そこに尾崎さんの弟と同年代の少年も写っている。
もしかしたら、その少年が彼だったのかもしれない。
まったく奇遇!
奇遇といえば、一昨日撮影した59歳の女性。
その日、本郷に写真撮影に行くと、今は嫁いでいるお嬢さんに話したら
「本郷?、カメラマンの名前は?」という聞かれ、僕の名前を言うと
お嬢さんも撮ってもらったことがあるという。
さらに話を聞くと、
年に何回か撮影させていただいている法律事務所で働いているTさん
Tさんはとても印象に残っている聡明でキレイな人だ。
思わず、その場でTさんに電話してしまった。
。。。と、撮影は続いている。
毎回、綱渡り的に失敗もしながら「一枚」はいい写真が撮れている。
たとえば、「押え」のカメラの設定がsRAWという小さいサイズになっていて
A2プリントを作る「押え」の役に立たなかったり、
メインカメラの設定がなぜか?動いて撮影可能枚数が999表示。
結果はRAWではなく、コレまた小さいサイズのjpgで撮れていたり、
DPMerrillでの撮影、EOSのような最新一眼レフと比べると、、、と
書き始めて、僕のメインEOSはすでに6年ほど前のカメラ。
DPMerrillシリーズのレスポンスは10年前のEOS_D60並みと思っていたが
僕が使っているEOSと比べるのなら4年遅れということか?
ドン臭いカメラだが、結果は出している。
このところ、だいぶん見直しているDPMerrillだ。




2013年3月8日金曜日

覚王山倶楽部:R60募集スタート

そんなに忙しかったわけでもないが
ブログ、ほぼ一週間ぶりになるってビックリ。
今朝は変な夢を観た。
空港のトランジット待合室で、引越しの荷物をまとめている僕。
それは30年近く前に住んでいた、振甫町の家に
引越し荷物を出したあとに残っていたソフトバッグの類。
夢ならではの、時間軸の混乱ぶりだ。
いつも使っているデイリーなコンパクトカメラも残っていたりして
でも機種は最近デイリーなDPMerrillではなく、買ったことがないリコーGXR?
それらをビニール製のソフトバッグにめったやたら詰めている図。
場所がなぜか、空港待合室の隅っこの床で、
搭乗時間が迫っているのに、とても手際が悪く、そして多すぎる荷物。
つい昨年の五月、引越しを体験したばかりなのに手際が悪い。
昨年の引越しでどう荷物をまとめたのか?思い出せない。
毎晩の飲酒のせいか?加齢のせいか?主に女房に任せたせいか?
全く引越しをどうやったか、記憶が蘇らない。
この飛行機旅行の同行者は、引越しとはまったく関係なく
モデルのCちゃんだったり、そのご両親だったり
これは昨夜、最後に話した話題が、
Cちゃんのインド旅行計画だったからだろうと思う。
そしてご両親は3週間ほど前に撮影させて頂いた。
下の昨日リリースした広告の中のお二人がご両親だ。
覚王山倶楽部R60という、団塊世代を中心ターゲットにした
新しいモデル・タレントディビジョン募集の広告だ。
(画像を右クリックで、新しいタブでリンクを表示すると、もっと大きく見られます)
まだ僕の心積もりと自信が確立していないので
僕のプラン全容をお話するのは憚られるが
覚王山倶楽部と連動した、僕自身のプロジェクトを画策中。
この企画、R60なこのモデル事務所女性会長さんが
(多分)ご自身の周りのお友達を見渡して
考えだされた企画だと理解している。
僕が2~3年ほど前に、会長さんにお願いした
ある写真のモデルの件も、考慮していただいているのが嬉しい。
上の写真に会長さんは入っていないが
会長に退いてもなお、お元気でお綺麗な
まさに覚王山倶楽部R60の旗手である。

2013年2月16日土曜日

電池がない

朝起きて、身支度をしていて
DP2Merrillの予備電池がないことに気づいた。
カメラを軽いストラップでポケットに仕舞って持ち歩く時は
携帯と一緒にズボンの右前ポケットに入れておく。
だからそこに入っている時は、
寝る前に携帯と一緒に机の上に出しておくんだが
それがない、ズボンのポケットにも残ってない。
昨日はズボンを2度履き替えたし、ベストも一度着替えた。
いつも着ないコートも着て出かけたので
洗濯に回したズボンやタンスに仕舞ったそれらも全部調べたが
やはりない・・・・高価ではないが気分が悪い。
しかも行方不明なのは、性能がよく既に入手不可能な互換品のほう。
んーん、どこかからヒョッコリ現れることを祈るばかり。

その目覚めた朝、変な夢を見ていた。
馬に乗って寂れた住宅街の
90年代風遊歩道にいる僕。
大型犬の野良犬が、ボクに向かって飛びかかってくるのを
馬を足踏みさせることでかわしていた、ボクは犬が嫌いというか怖い。
その住宅街の遊歩道から抜け出ると犬はついてこず
一安心して馬から降り、馬を撫でてやった。
元々、なぜその遊歩道に行ったkというと
野球選手のオーディションがあり
どこかガーデンがあれば
そこでオーディションをするから来いという情報があったから。
意味不明だが、更にボクは野球をしない・出来ないからなお意味不明。
その前後には、廃工場のような大きな工場で
そこに放置されていたパーツを組み替えて何かを作らせれていた。
それを指導する人とボクと、もう一人若者の3人だけで・・・
もうひとつ見ていた夢、
どこかの家の2階の物干し場のようなところにいると
すぐ隣りの家の屋上のようなところに
60年代ヒッピー風で半裸の外人女が何人も寝そべって日光浴をしている。
面白そうだったので、そちらの屋上に飛び移ると
その女達は階下の部屋に降り、ボクもついて行った。
そこは、60年代ヒッピーアートな怠惰なインテリアの部屋。
なんだか怪しいオヤジがいて、面白いポスターや壁飾りがある。
ボクは写真をとってもいいか?尋ねスナップしていると
イロイロ尋ねられ、「嗚呼その人知ってる」みたいな話になった。
その人とはK君だったり、Gだったり。

ここまで書いていて、電池について心当たりを思いついた。
風呂の脱衣カゴを見るとそこに「あったぁ」

先月中旬、2Fスタジオを夜の居間にするのは寒いので
3F黄色い部屋にテレビを買って夜はそこで過ごすようにした。
(3Fのエアコンは200Vの大型)
同時に朝一番の暖房は大型石油ストーブではなく
200Vの大型エアコンでスタジオ全体を温め
朝イチに沸かすお湯や、お茶を淹れる時にお湯を沸かすのを
ミニキッチンにある100VのIHコンロではなく
Kitchenにある200VのIHを使うことにして
100V電灯料金を下げ、200V低圧電力を使う工夫をひと月続けたら
期待通り100V電灯料金は下がり、200V低圧電力料金は上がったけれども
トータルな電気代は下がった、そして当然灯油を買う量も激減している。
要するにスタジオを住居にするのはエネルギーコスト的に
住宅という概念からは図抜けた費用がかかるわけなんだが
2014年の夏以降、今使っている隣のマンション寝室が使えなくなった時
どうするか?、考えていて
バック紙を垂らす仕事などもうやめようっと思ったりしたんだが
逆にバック紙、特に白いホリゾントペーパーを使ってこそスタジオと
思い直したり、、、揺れるオヤジカメラマンの心だった。

2012年9月27日木曜日

夢レコ:人間ロケット

昨夜は、人間ロケットになって「ソ連」の基地を攻撃する夢。
パラグライダーのようなものをたたんで背中に背負い
足元か背中にロケット推進装置がついた「人間ロケット」
ただし、全然飛べず
名古屋近辺の古い学校から発射されたんだと思うけど
日本海を飛び越えるどころか
北陸のどこかから、何処かの島に向けてかかっている橋の手前に不時着。
ここまでの夢:背景は昨今の領土問題?

スタジオ(まだスタッフが居る時代)に電話して
迎えに来て欲しいというと、忙しいから自分で帰れとのこと。
意味不明だが、歩けば???時間で帰れると歩き始めた。
帰り道、夜になったところが、昔育った町の隣町(上野町)辺り
街角で野外映画会をやっていて、近所のおばさんと一緒に見ていた。
隣のおばちゃんに、寒いからなにか貸してと言われ
パラシュートの生地だか、毛布だかを貸した。
このあたりはスタジオでの映画を反映か?

話は飛んで、ロケットの発射台=古い学校と思われたのは
昔良く遊んだ「振甫プール」のような、、、トイレに行こうとすると
Y先生という写真家が一緒についてきて
二人でトイレを片っ端から探すんだが
僕は普通の男子トイレで用を足すことができた。
Y先生は何やら「個室」で、掃除のおばさんだか
介護士のオバサンだかと、もめている模様。
どうしたの?っとドアを開くと
便器の中にあった布団のようなものを引っ張りだし
どうやら、便器をバスタブにしようとしているようだ。

振甫プールが出てきたのは先日の散歩の影響、
Y先生が出てきたのは昨日久しぶりにY先生のブログを拝見したせい
そしてY先生が少し前に入院されていたことが
反映していると思われる。

2012年9月2日日曜日

久しぶりに「夢レコ」

昨夜はよほど疲れていたのか?
(多分、一昨日の仕事の緊張度が高かった)
早めに飲み始めたバーボンのせいか?
夜8時は寝床に入り、旅行の夢を観た。
旅行の夢の前に、昔住んでいた木造アパートの庭先を
わけの分からぬ子供たちや、一種のホームレスに占拠された夢も観た。
占拠したホームレスを退去させるのに、ホースで水をかけたり
蟻やハエが体中に集れば逃げるだろうと
蜂蜜をかけたり、魚醤をかけたり・・・・
そんなことを考えていて、そんなことは違法かもしれないと思って目が覚めた。
そちらは、まあイイ。
旅した先は、行ったこともないニューヨーク。
しかも時代は確実に「ニューヨークの過去」
その証拠は、これも現実にはあありえないのだけど
ニューヨークの河岸沿いにある駅に
古い新幹線が止まっていた。
つまり新幹線で日本と繋がっているようだった。
しかもその車両は東京オリンピックの頃の新幹線より古い感じのデザイン。
つまり、実在しない新幹線。
ついでに古い長距離バスも走っていて、行き先表示は「仙台のどこやら」
(ニューヨークで仙台行きというのが、夢のなかでも奇妙だった)
河岸沿いに歩いて、古いビルの中庭を抜け違う道に出たり
その日はニューヨーク初日だから、とにかく歩きまわってみようと僕は言い
女房はちゃんと調べてからのほうがいいんじゃない?っという。
iPhoneがあればよかったねっというが、電話ボックスしか見当たらない。
中庭に面した小さなホテルで
多分そこは日本人の短期留学生ばかりが泊まっているような
ホテルみたいだったが
日本人の留学生に道を訪ねてもホテルの中に逃げ込まれた。
小金持ちの子女風、場末の小さなホテルだが、小奇麗。
小市民的に冷たい。
同じ建物別のドアから
見るからに白人の綺麗なおねーさんから日本語で話しかけられたり
ニューヨークは怖いところだという観念があり
女房のカメラも僕が下げていたんだけど
僕のカメラも含めて、とても小さくて
首からストラップではなく、ハンカチで吊り下げてある。
女房に写真撮らないの?っと尋ねると
「危ないからイイ」と言い
僕はDPMerrillのはずだけど、もっと小さなカメラで少し写真を撮っていた。
ここはニューヨークだから、その川はハドソン川だよねっと
言いながら、それにしては小さな川だった。

自分なりの夢解釈をすると
DP2Merrillを持って、どこかに写真を撮りに出かけたいのだろう。
古いビルの外壁の質感なんかを撮りたいのだろうか?
あのゾクッとする質感描写で・・・・

夢の伏線は
昨日SIGMAのサイトでみたDP1Merrillのサンプルフォトは
アメリカ西部の朽ちた壁だったりしたが
その質感、意外と線が太く
少しピンが外れた写真にシャープネスをかけてように感じた。
しかし被写体の前後を観察しても
ピントのピークは見つからず、レンズ描写の線が太いと判断した。

2012年5月5日土曜日

スーパームーン

GW後半の4連休、内一日は仕事だけど
他3日は引越し荷造りのピーク・・・特に今日。
引越しブルーも頂点に近い。

昨日は夕方、CちゃんH君夫妻が立ち寄ってくれた。
H君には70年代から80年代なかばまで
集めたLPレコードをまとめて(積み上げると1mぐらい)
引き取っていただくことになった。
元々はCちゃんが友達で、
H君と結婚したのをきっかけに知り合ったわけだが
H君の母方の苗字が、割と珍しい「南部」でボクと同じ。
そしてボクの母方の実家と同じ四日市出身という「御縁」
そのH君、昨夜帰り際に
明日ぐらいが満月かなぁ?っと月を見上げた。
Cちゃん said 「H君は月が好きでよく月のことを話してる」とのこと。

以下、ちょっと横道にそれるが
ボクは今朝起きがけに変な夢を見て
それはもう20数年来の知人になる
輸入家具商のU氏の夢。
とても興味深い家具を集めた展示会を催して
ボクはそれを見に行った。
大きなサイドボードやソファがメインの出品物なんだが
サイドボードの面が、平面でも幾何学的な曲面でもなかったり
ボコボコした表面仕上げだったり
およそ実用的ではないが、
夢の中や映画の中、テーマパークの造作でありそうな家具に感動。
(リアルな話:それら家具のボクの中のイメージ元は
TOYO KITCHENの本社ショールームだと思う。)
そして、昔そのU氏の会社で働いていたNzさんから
U氏の秘書のような人に、ボクに伝えて欲しいと
「ポラロイドを持ってきて」という電話が何度もかかってきた。
Nzさんに渡す予定の写真はあるような気がするが
ポラロイドは撮ってないし、なんのこと???
(リアルな話で言うと、昨年の桜の時期、Nzさんに頼まれて旗染屋さんの写真をとり、今年の春先納品した)
そしてボクの携帯からNzさんに直接電話しようとするが
どうしても彼女の電話番号に辿り着かない・・・よく夢で出てくる状況。
U氏は展示会場スグ脇の自室と思われるところで
痩せて体調が悪そうな感じ。
リアルにはそういうお嬢さんはいないが、ハーフの12歳ぐらいの娘が
二段ベッドの上段からぶら下がって話しかけていたり、、、夢はまだ続いたが省略。
そんなU氏のことがとても気になって
朝一番でFaceBookを探した次第・・・U氏は見つかったが情報は無し。
(リアルな話:2~3ヶ月前にU氏から、FBってどう?と電話をもらった)
そしてFBで見つけた別の話題が「スーパームーン」
http://news.goo.ne.jp/article/nationalgeographic/world/20120504002-ng.html

昨夜帰り際に、H君がしきりに月を気にしていたことを思い出した。
彼はスーパームーンのことには触れていなかったので
多分、動物的な感?が関心を月に向けさせたのか?
ちょっと興味深い。

2012年1月10日火曜日

昨夜の夢レコ

昨夜の夢:名古屋のカメラマンやヘアメイクさんスタイリストさんが
集まった新年会のようなものに出た。
そのメイン料理はタコの丸揚げ?を一人ひとつ。
ある大手スタジオメンバーがタコを釣り上げてきて
油で揚げて持ってきてくれるんだけど
徹夜仕事でタコ釣りをしてたんだか?
持ってきてくれた場所は、布団で寝ていた部屋。
その会を途中で抜け出して、帰宅しようとするが
財布に小銭しか無く、タクシーは使えずバスに乗る。
どこで降りれば良いのかわからなくなり(知らない街)
大きな古い橋のたもとで降りて、橋の下に歩き始めると
橋全体が建物になっていて、裏口のような入り口が橋の下にある。
フラっと入るが誰もおらず、奥に入っていく。
どうやらソコは精神病院か?精神病院を兼ねた刑務所か?
ソコから出られなくなる。
迷って軟禁状態になったことを携帯電話でヘアメイクのCちゃんに連絡。

この夢のあと夜中にトイレに行き
眠り直したにもかかわらず、同じではなかったが
また病院?刑務所?のようなところから出られない夢。
ちょっとカフカ的な夢だった。

2012年1月8日日曜日

夢レコ:2012!

その1:昔の助手K君の新しい家族が揃ったテーブルの横で
ボクが料理を作り振る舞うが、
野菜が足りなかったり、肉が小さく切れなかったり
いつも作っている得意料理なのに難儀している。
Kくんの新しい家族というのが意味不明で
60歳代後半と思われる上品な義母?
10代後半の姉弟?は外人。

その2:名古屋のモデル事務所C社とJ社が企画進行しているイベント会場。
参加者はタレントやモデルを目指す若者達。
女子向けのイベントはC社が担当し
男子向けのイベントはJ社が担当している。
内容はわからないが、ゲームのような競技のようなダンスのような・・・で
男女それぞれ違うらしい。
ボクは男子の列に並んでいる。
モデルやタレントを目指しているわけじゃないが
J社社長のM氏が「いいよ、いいよ」って言うもんだから
何故か並んでいた。
会場は砂丘の丘の頂上にはられたイベントテント。
テントの目の前まで到達したが
「ナンじゃかんじゃ」の理由を言われて
並んでいなかった別のグループが先にテントに入っていった。
・・・・そして転換・・・・
今度並んでいるのは古いビルの地下。
イメージ的には昭和初期の役所や駅などの地下階。
冬らしく、黒っぽいコート姿が多いので全体が暗い。
明かりは天井からぶら下がった電球ペンダントが並んでいる。
何もために並んでいるのか不明だが
トイレに行きたくなり、列を離れてトイレに向うが
そのボクの姿・服装が「パリの警部さん」ってかんじ。
・・・・転換・・・・・
トイレで脱いだ「警部さん」のコートがない?忘れた?
家に帰るため、東京駅に向っていたが・・・・
すみません、書き始めて時間がたってしまって忘れた。
、、、が、この翌日
写真を街でスナップする夢を見た。
猿が真ん中にいて、両脇は猫とか鳥とか
面白かったのでスナップっしようとしたら
猿が「キッ」と歯をむいてきたが、向かって来る様子はなく
結構撮った「夢」

2011年11月25日金曜日

続:変な夢

変な夢・楽しい夢が続いている。
今朝明け方は、隣の小さなボロアパートだったところが
行ってみると古くてクタビレタコンクリート打ち放しの建物ながら
実在するボロアパートより、うんと広くて大きくて
使っているショップの人達が、楽しい空間を作っていた。
大家さん(ボク)にやってもらいたいことは山ほどあると叱られながら
お手洗いはキレイに使われているか? っとチェックすると
なんと和式のままながら、それなりにキレイに味のある風情。
記憶どおりならEB先生の設計、、、なかなかやるじゃん。
そして屋上に上がってビックリ
相当向こうの一角には、ネズミぐらいの大きさの子犬が
放し飼いになっている公園?
屋上は全然広く、周囲は
塔のような巨大なオブジェが林立している。
その風景は現代美術的と言うか? ダリ的と言うか?シュールというか?
夢のなかで浮かんだ言葉はキリコだったが。
このアパートがどのぐらいの高さなのかは不明ながら、
(ボロアパートは4階建てのはずだが)
巨大なオブジェの背景に他の建物は見えず、抜けは空。
ちょうどそんなロケーションを探していた僕は
「ココで決定」とゴキゲン、
「ココは高くつくよ」っと広告代理店のオニーチャンに悪態をつくボク。
あっそうだ、リアル昨日は月末撮影のロケ場所の件でクライアント案に
楯突いたんだった。
ココなら、宣材撮影のロケ場所探しで苦労する必要もない、、、スタジオ隣だし。
そんなことを思ったのは、
リアル昨日、いろんなカメラマンの撮った宣材写真を
集中見たせいかも。
こんな素敵な大きい建物の大家さんになれるのは
チャンピックスの楽しい夢だ。

2011年5月4日水曜日

夢レコ:古い友人カメラマン

明け方見た夢、ほとんど終わりがけの部分だけど
女房と共通の友人でカメラマン氏、彼が「こんな風だぜ」っと女房に見せてくれたノート。後半部分が経理の決算書になっていて、年収だか年間売上高がほぼ一千万円。だがその年ははとっても業績が悪かったらしく、売上のほぼ全額を交際費=接待費に使っていると女房が分析してボクに話す。彼はその部分を見せるつもりじゃなかったらしく、「そこを見るか?」っと不機嫌になる。女房はとっても困った表情をするが後の祭り。
そのノートの件の少し前は、ボクが作品撮りをしようとしてて、その友人がストロボ持ちを手伝ってくれるという話だった。
時系列を戻ると、その前は宝石やアクセサリー撮影の仕事をしているボク。いつもの機材がなく、結果も見えないフィルムカメラや、3月に買ったX100という透過式光学ファインダーで無理矢理アクセサリーを撮っているボク。はじめた当初は困っていたが、不便な機材でアプローチすることでこれまでと違った表現効果を狙うことにしたボク。暗い石のネックレスをとっても明るく撮って、それはそれで面白い効果が出たが、X100で撮り始める前のフィルムカメラで撮った写真はどうやら露出を変えていなかったようで、まったく自信なし。
さらにその前、羽振りのいいアパレルのクライアントから奇妙で羽振りのいいショーと撮影の受注をした広告代理店から依頼を受け、豪華なリゾートのようなところでCM撮影とショーに連動したスチル撮影をしているボク。しかしどう見たって、小さな規模のショーだったり、「?」な感じのCF撮影だったりで、たくさんお金がかかりそうな状況を「ぺい」出来るのだろうか?っと広告代理店の若いディレクターに聞くが、彼も「発注通りにやっているだけで、わからない」と言う。

2011年3月30日水曜日

夢レコ:友人の父上の通夜

昨夜の夢は「友人の父上のお通夜」、現実にはその友人の父上は既に亡くなられて10年近い。現実でもボクはお通夜に行ったはずだが場所はいわゆる葬儀会館。夢のお通夜は内装部分しかわからなかったけれど、割と普通の日本家屋の日本間で、座卓を囲んでの宴会だった。喪主にあたる友人はベロンベロンと言っていいほど飲んで魚をすすめてくれるんだけど、ボクは焼き魚を上手に食べられず四苦八苦、その友人はとっても上手にぺろりと平らげている、、、って、もう起床後時間が経ったのでこの程度しか覚えていない。今朝は微妙に二度寝して、夢も続きを見たような気がする、その続編は同じお通夜で、久しぶりと言ってイイB君、T君が黒いスーツでその通夜にやってきたはずだが、、、一度夢から覚めた時に「有り得べき状況」を想像したのかもしれない。
原発関連、500km?ほども離れて、門外漢のボクが、何を想像しても心配してもどうなるもんでもないが、連日のよくなる気配もない状況を伝えるニュースは「堪える」ネ、
たとえば現在進行中の福島はともかく、今日本にある原発すべてを順次廃炉するといった「方針」をぶち上げるとかね、それがエネルギーコストに関わり、日本経済に悪影響を与えるという論はあるだろうが、それをやってのけてこそナンボ!日本!だとは思いませんか?
その(クリーンエネルギー転換)過程で培われる技術や経験は多分20年以上とか後になるだろうが、きっと役に立つ、、、と思うんだけどネ。